「表現・朗読に関する言葉」

表現・朗読に関して書いた自分の文章をまとめてみた

なんかさ、自分の出した雰囲気に酔ってるところもあるけど
自分の言葉にはっとしたりしみじみしたりしてます

ここからこの数年間自分が表現や朗読で大切にしてきたことを抽出して
わたしは何をしてるのかわたし自身が読み解きたいから

ながいよ

 

 

「ここで何をするのか
私は何がしたいのか
少し考えてみました
*その声はどこから来るのか?
身体と密接なつながりのある声、身体を振動させて、その人にしかない声を聴いてみたい
いつも思っているのはそこです
なのでまず声を聞かせていただいてアプローチ考えます
*文章のリズム、テンポ、声の大きさ、間を考える
これは読み手と文章によるのでなんとも言えないのですが
あまり文章の意味を考えずに何度も何度も声に出す場合と
じっくりと黙読した上で声に出したほうがいい場合があると思っています
それはその人の質かもしれないし、その文章が持っている質かもしれません
*自分の思っている世界を探求する・壊す
ご自身の持つ世界をしっかりと体現してもらいたいと同時にそれをしっかりと壊せる勇気があるか
少し怖いことかもしれないのですが
しっかりとした文章があれば、それを目印にいくらでも冒険できる
そんな風に思っています」

 

「やりたいのは文字を身体に通すことによって
声帯を使って周りに振動させることによって
自分の行ったことのないところへといつのまにかきている
そんな瞬間があればいいなと思っています

経験、未経験は問いません
そんなことに興味のある方と
そんな時間が持ちたいなと思います」

 

「作者や登場人物の気持ちを想像する前に
まずは、立ち位置、呼吸、声の大きさ、スピードなどを変化させること
そこから起こる心情の変化を朗読に反映させていきます
何が起こるかわからない「ためす朗読」
やってみる、ふりかえってみる
やってみる、ふりかえってみる
の繰り返しの後に、見えてくるものはそれぞれの経験値でしかありません
その繰り返しを反復することが
その人自身の直感力、美的感覚を養うことになるであろう
と信じています」

 

「当たり前ですが、自分の声は一生聴けません。それでも我々は人に向かって懸命に発信し続けます。
表現は、表情、動作など様々な要素で成り立ちますが、
ここでは、「自分の声を出すこと」一点に絞ってみたいと思います。
人は生活の中でその時の状況、心情に応じて様々な声を出します。
隠しごとがあれば隠しているという声を出しますし、
嬉しければ嬉しいという声が出ます。
声は表現の中で一番正直だな、というのが今の所の私の感想です。
朗読で声を聴いていると、声が噓っぽく聞こえる時があります。
どんなに上手に読めていても、です。
反対にどんな突拍子も無い話をしていても、
その声にリアルを感じれば信じます。
リアルな声とは、こうしようというその人の意図を挟めない声です。
身体と深く繋がったそのままの声が出てくると、
聴いてしまった我々はその声が
どんな細く小さな声であっても、
どんなにしどろもどろになっても
読みの上手下手に関係なく魅了されます。
今回は、身体と繋がろうとする「自分の声」をたよりに、素材をその都度変えてやってみます。
自分の声をたよりにとぼとぼと歩いていくような時間を作りたいです。」

 

「「そんな記憶が今も自分を支配しているなら、今、声を出そう、今、やれなかったことをやってみよう。
その瞬間に初めて本当の自分を自らで取り戻せるのではないだろうか。
それには人の力が必要だ。
アートの場の力で他者の手のぬくもりや感覚を借りてみよう、信じてみよう。
そして同じく他者にも自分の力を貸してみよう。詳しく事情を知らない他者だからこそ言えることできることがあるはずだ。」

 

「自分から出したことばは自分が紡ぎ出したものが全てではない
何処かの誰かが言ったことばや社会的に暗に容認されていることばには
不用意な力を持つことがあるし
一方自分から湧いてきたことばはまことに心もとない時が多々ある
だから力が出ることばをもっと出したいと感じたり
あやふやなことばをやめたいと思ったりする
そんなことはどうでもよくて
今浮かぶことばに身を任せたいと思うことがある
できればみじかな人にもそうであって欲しいなと思う
そんな時間を持ちたいなと思う
そんな時間を過ごした声は
はじめよりもいくぶんおだやかになる
ピンとはったような声が少し沈むような声になる」

 

「声で自分の野性を取り戻す 
あなたの中に眠っているものをあなたの声で取り戻す
作品の音読を繰り返すことで自分の枠を突きぬけていく
ゴールを決めずに、やがて自分の確信へと近づいてゆく」

 

「声を出すこと
感情を入れずにただ読むこと
感情を汲み取って読むこと
役割を外した声を意識すること
そんなことが今のところのキーワードです」

 

「ここで目指すものは演技ではありません。
どれだけその人の声に出逢ってもらえるか、その1点だけに絞ってこの日を迎えました。
どうかこの声を一生懸命聴こうとしないでください。
半分ぼんやりと、なんなら眠って聴いてください。
たぶん言葉の意味はあまりありません。
意味を探そうとせずにしていると、自分の拾いたい音だけが入ってきます。
たぶん、それでいいのだと思います。
そしてそれは一瞬で終わってしまいます。
そんな一瞬のような時をみなさんと過ごしたい、そんな時間になったらいいなと思っています。」

 

「ここ数年は朗読や声についての仕事がたくさん増えてきました。
よく朗読の何を聴いているのですか、どんなふうに聴いたらいいですか、
と聞かれるのですが、それについてはうまく答えられずにいます。
あえて言うなら何を、とあまり意識せずにぼんやりとして聴く、
としか答えられないのです。
そうするとその人となりがぼうっと浮かび上がってきます。
その浮かび上がって見えたもの、感じたものを少し丁寧に拾い上げていくと、
「その人の声を聴く場」が徐々に形成されていきます。
すると自然に身体や声や意識が変化し始めていきます。
この変化は老若男女どんな現場でも起こります。
それは声を聴いている場がそういった変化を起こさせているのだと思います。
今回ABE研究会でやりたいことは、これをしたからこれが得られるといった効果ではなく、
創造的直感のような状態になること自体を体験することです。
そしてそこから得られるものは人それぞれであることをちゃんと保証すること、
とまるで偶然にように集まった当日の参加者の方達とその日だけの特別な縁をつくること、です。
そのことで、日常の世界では沈黙をしているまだうまく言葉にできないもの、
目には見えないもが存在する境界に恐る恐る近づいていくことができるのではないだろうか、
と思っています。
その状態を「アート」と仮定してみます。
そうしたら、目に見えるものだけを信じてしくみをつくった今の社会におけるアート(行為的直感力)の役割が見えてこないかな、そうなればいいな、そんな仮説もしています。
この日も自分のすぐ近くの身の回りに起こっていることや一見なんの関係もない社会の出来事を
身体や声を通して行います。そしてそこから出てきたものを
みなさんとそれぞれ持ち寄って眺める場を作ります。
表現教育の中でLearning by doing とLearning by being の学びの違いについて学んだことを
最近よく思い出します。
直訳すると前者は(なにをしたか)することによる学びと
後者は(そうである)存在することによる学びと言えるでしょうか。
場においてdoingでは何をするか、したかという言語化ができるのですが、
beingは何を指すのか私にはいまだによくわかっていないところがあります。
ただ、今思うのはファシリテーターとして前に立つ私の存在がどう在ったか、
が与える影響は場において無視できません。
自分が意識しない分、より多くのものを参加者は受け取るのだと思います。
感性や直観力を育てるとはこのdoingとbeingの積み重なりではないでしょうか。」

 

「やることは実験的に精力的にいきます!!!
朗読、という一見決められたテキストをどう即興的にいくか
それには動き、リズム、自分と他者の間をゆらしていくことからだと考えています
発信と受信のバランスを変えてしまうこと
意味朗読ではなく直感朗読にすること
そんなことをやります」

 

「自分を生きるってなんだろう?
だれしもが人が交わる社会の中で生きている
あるときは自分を黙らせたり
あるときは戦ってみたり
そうして自分を生かそうとしている
でも、どうやっても、そうでしかない自分がある
筆跡が変えられないように
声が変えられないように
もちろん字を綺麗に書くことはできる
声も上手に出すことはできるかもしれない
でも、どんなに上手に取り繕っても滲み出てしまうものがある
アートはそれがあきらかになる
なってしまうのだ
アートの現場はでは人はみなそれぞれである、ということがまず大前提だ
一緒でなくてもよいのです
そしてそれぞれであるということは、自分一人ではわからない
それぞれの色を持った人が集まるからこそそれぞれだということがわかるのだ
自分を生きる
とは、たぶん人と交わることでしか見ることができない
そうでしかあれない自分を引き受けることなのだろうな、と思う
そしてそれはゆっくりでいいんだ
急ぐ必要はない
今自分の置かれた環境でうっすら見えてくるものに
目を凝らし
耳を澄ます
ただそれだけなのだろうと思う
だけどね、それを楽しくやれるところがあるの
いいとししたおとながプレイフルに、むきになって、大笑いする場所そのひとつがここです」

 

「声って本当に正直だなと思う
表現の中で声って嘘をつけない
技術的によくすることはできるけど
人が嗅ぎ分けるものはそこにはない
ちょっとした声のほころびや溢れ出たもの
そんなもので無意識に判断している
朗読という人の文章でそれをあきらかにしようとする試みなんです
だから上手下手はあまり関係ありません
その声を出す自分
そうでしか出せない声を出す
声で足元をみつめる
そんな時間です」

 

「言葉は感染る
反対になるべく削ぎ落としたものを書きたいのだな、とかも感じる
言葉は映る
言葉には伝播性や感染性があるので当然だと思う
朗読は声で言葉をうつす
瞬間的にその言葉の体にさせる
うつすような朗読の時間です」

 

「わたしの時間では表現活動をよく呼吸にたとえます
呼吸は、はく→すう→はく→すう をくり返します
吐くことが表に表すことだとすれば、
吐くための息を吸うことも必要です。
すうとは、自分の受信力です。
五感を少し開いて、耳を澄ましたり目をこらしたりしていると
普段は気に留めないものを拾っていきます
こんな音が聴こえてたんだ
こんなものあったのか
そんな受信力を少し広げて
自分の中に流れ込んでくる周囲の情報の量や層を変えてみたりする
それだけで表に出てくるものはもう変化を起こし始めます
そんな小さくて大きなところからはじめます」

 

 


「呼吸する朗読」チーム再始動!

昨年京都で活動していた「呼吸する朗読」チームが再始動しました!

以下に主催のこいちゃんからのメッセージです
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「呼吸する朗読*メンバー募集のお知らせ*」
※経験、年齢不問 若干(2〜3)名募集

 ぼくたち「呼吸する朗読」グループは、昨年活動を開始し、宮沢賢治の作品の朗読をしてきました。「今そこにあるからだと声からあらわれる、その人らしい表現を大事にしながら活動をしてきました。昨年、9月の成果発表の舞台に出て、活動としては一区切りをつけたのですが、この度、(継続して)表現教育家の岩橋由莉さんのご協力を得て、再始動することを決意しました。
 二月から稽古を始めていきますが、それに関わり、一緒に朗読を楽しむメンバーを募集します。特に条件はありませんが、月に一度程度の稽古には定期的に参加してくださる方を優先したいと思います。稽古場所は、大阪、京都市内、いずれかで考えています。夏頃には成果発表の舞台に出ます。

 

<当面の活動予定>
2月24日(日)午後 西成
3月21日(祝)

 

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ご興味のある方はまずわたしにメールをください
そのあと主催のこいちゃんにつなげます
haraiso887[@]gmail.com 
(@マークの前後のカッコをはずしてください)
ここで大切にしていたことの一つは
「聴く」を育てること
相手の存在・声
自分の声
「聴く」ことの質を上げない限りは発することも変化はしません
自分なりのアンテナを育てること
なのでたくさん話してもらい、たくさん聴きます

JUGEMテーマ:朗読・リーディング


野性と朗読 @中目黒

 

いよいよ残すところあと3回ですが

単発参加OKなんです
積み上げていく稽古ではなく
その場で起こること人どれだけ柔軟でいられるか
そんなことをやってます

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

 

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野性と朗読
   〜とり戻す声と表現、体験から上演まで〜

声で自分の野性を取り戻す 
あなたの中に眠っているものをあなたの声で取り戻す
作品の音読を繰り返すことで自分の枠を突きぬけていく
ゴールを決めずに、やがて自分の確信へと近づいてゆく

ドラマ(体感)とシアター(上演)を行きつ戻りつ、

朗読劇の上演プロセスを通して何度も繰り返し時間を重ねていきます


【日時】
9月22日(土)13時〜17時  10月7日(日)13時〜17時
11月15日(木)18時〜21時   12月14日(金)18時〜21時 

2019年1月27日(日)13時〜17時  3月2日(土)13時〜17時
Д潺鉾表会 3月31日(日)13時〜17時[本番14時〜]

【参加費】
 ´↓キΝ 各6千円 、 各5千円 全回通し割引3万5千円
 Г糧表会観客の方は無料です

 *単発参加可能です。
 *発表会に出る方は本番含め4回以上はご出席ください(Δ鷲須)

【お申し込み】 
メールにてお名前、ご連絡先、参加動機をお書き添えの上 

haraiso887@gmail.com 岩橋まで

*参加者の方のお子さん(乳児)が参加される場合があります。

赤ちゃんの呼吸、動き、声などをモデルに野性を学びます


【場所】
 株式会社プレイバック・シアター研究所 中目黒サロン&オフィス
 [目黒区青葉台1-6-53 青葉台マンションA-2F]



【講師プロフィール】岩橋由莉(いわはしゆり) 
表現教育家。和歌山在住。演劇的手法を用いてコミュニケーションを体験学習する

表現教育と出会い、日本で初めて「表現教育家」として手探りの道を歩み始める。

2001年から郷里の和歌山に住み、山や自然と共に育て暮らす人と出会ったことから、

手法を超えて「待つ」「聴く」「音」「感覚」などに特化した独自の活動

「コミュニケーション・アーツ」として展開する。
現在立命館大学にて教職を学ぶ生徒を対象にしたドラマ教育授業の実践研究、

高齢者の朗読劇指導、日雇い労働の街での表現活動など活動は多岐にわたる。


今年もABEをやっていきます!

JUGEMテーマ:アート・デザイン

 

久しぶりにオーハシヨースケさん、羽地朝和さん、そして岩橋の3人で担当します

今回のテーマは「仕事の中で・組織の中で自分を生きる」です

 

自分を生きる
ってなんだろう?

 

だれしもが人が交わる社会の中で生きている
あるときは自分を黙らせたり
あるときは戦ってみたり
そうして自分を生かそうとしている

 

でも、どうやっても
そうでしかない自分がある


筆跡が変えられないように
声が変えられないように

もちろん字を綺麗に書くことはできる
声も上手に出すことはできるかもしれない
でも、どんなに上手に取り繕っても滲み出てしまうものがある

 

アートはそれがあきらかになる
なってしまうのだ

アートの現場は人はそれぞれである、ということがまず大前提だ
一緒でなくてもよいのです


そしてそれぞれであるということは、自分一人ではわからない
それぞれの色を持った人が集まるからこそそれぞれだということがわかるのだ

 

自分を生きる
とは、たぶん人と交わることでしか見ることができない
そうでしかあれない自分を
引き受けることなのだろうな

と思う

 

そしてそれはゆっくりでいいんだ
急ぐ必要はない

 

今自分の置かれた環境でうっすら見えてくるものに
目を凝らし
耳を澄ます
ただそれだけなのだろうと思う

 

だけどね、それを楽しくやれるところがあるの
いいとししたおとながプレイフルに、むきになって、大笑いする
場所
そのひとつがここです

ABE研究会【←文字をクリックしてください】
今年も始動します!

2019年 今年もよろしくお願いいたします

いつのまにやらすっかりあけていました

今年もどうぞよろしくお願いいたします!
ここ数年私の周りで大切な方が次々と亡くなり
年末には親しくしていた伯母も急にいってしまいました
明日が来る
ことが当たり前でなくなる日が誰でも必ず来るのですよね
そんなことを考えながら
最近は掃除にはまっています
見ないようにしてきた段ボールや箱、引き出しの整理を1つずつ
いるもの、いらないものに分けて、箱をきれいに拭いて
そうやっていくと本当に自分の心の中まで掃除している気持ちになるから不思議です
私は昔から消えてなくなりたい
という想いをずっと持ち続けていました
そんなことを思ってはいけない、そんなふうにずっと思っていたのですが
それももういいかもしれないと思っています
いついってもいいように準備をしておこう
そう思って整理をしていくと不思議に心が軽くなります
時間をかけて自分と向き合っているような感じです
今さら掃除?!
ほんと、今更なんです
そんなとほほな私ですが
今年もよろしくお願いいたします

 


アートの効用ってなんですか?

一昨年から関東の仲間とArt Based Education[ 通称ABE]の研究会を行なっています。

世の中が目まぐるしく変化し多様化になっている中で生きるには、

新しい観点で物事を捉える柔軟性や自分なりの物の見方を育てることは不可欠であり、

それには自分にとっての美しいと感じる観点や遊び心、発想力を育てることが必要である、

すなわちアート的な観点を育てることが必須である、という考え方の元、

アートを教育活動や企業研修などでどう活用できるかを考えて実践する会です。

 

今までは私や身体表現を専門にした仲間がそのコンテンツを考えていましたが、

昨年からゲスト講師をお呼びして体験し振り返ることもやっています。

昨年仲間の一人がイギリスで行われた企業経営におけるアートの牽引力についての学会に出席した際、

ハーバード大学で企業経営のリーダーシップ養成プログラムで行われる抽象画を描く経験をして来ました。

それは「創造的破壊」がテーマで自分の創作したものを

いかに壊し続けて新しいものを生み出せるかというプロセスだったそうです。

ちなみのその学会ではアジアからは日本人である友人と大学の先生の二人だけだったそうで、

アートと企業経営を結びつける考え方は今はまだヨーロッパが主流なようです。

 

 さて、今回ABEでは昨年お呼びした抽象画を描かれている田島環さんを再びお迎えして、

抽象画を描く体験を通して学びを考える会を行いました。

水でたっぷりとぬらした紙に絵の具を垂らしてそのにじみや色の混ざりで描いていく作業です。

筆は使いません。何か特定のものをイメージして描くのとは違い、

自分ではコントロールできないものを受け入れて作業を重ねていくのです。

 

昨年は本当に楽しい活動だったのですが、今年はなぜか私はこの作業が辛くて嫌になってしまいました。

絵を描くことは本来好きなのに、どれだけやっても終わりが見えないことにいらだってしまいました。

活動終了後のふりかえりで、正直にその話をすると、田島さんは

「何にもやらなきゃよかったのよ。作業以外の時間も絵にとっては重要なのですよ」と話されました。

そこではっとしました。

普段自分の朗読や表現の場でも、何を受け取るかという受信も大切なのですよ、

やることが全てではありませんよ、と話しているのに、

他の分野になった途端終わりの見えない作業が辛くなってしまったのでした。

 

そういえば田島さんは作業中何度も私を含めたみんなに

「少し待ってください。離れて眺めてください。しばらく時間をおいてください」

と繰り返し話されていましたが、わたしの耳には入って来ませんでした。

 

この経験はとても貴重なものでした。

アートをやって何を得られるのですか、という効果についての質問が時々あります。

しかし、ひょっとしたらアート活動をすることで何を得られるかではなく、

こういった自分と向き合う時間に身を置くことそのものを経験することなのかもしれない

とあらためて思いました。

今後のABEの活動はこちらをクリックしてください

企業の課題にアートでこたえる @ABE研究会

ここ数年は朗読や声についての仕事がたくさん増え
てきました。よく朗読の何を聴いているのですか、
どんなふうに聴いたらいいですか、と聞かれるので
すが、それについてはうまく答えられずにいます。
あえて言うなら何を、とあまり意識せずにぼんやり
として聴く、としか答えられないのです。そうする
とその人となりがぼうっと浮かび上がってきます。
その浮かび上がって見えたもの、感じたものを少し
丁寧に拾い上げていくと、「その人の声を聴く場」
が徐々に形成されていきます。すると自然に身体や
声や意識が変化し始めていきます。この変化は老若
男女どんな現場でも起こります。それは声を聴いて
いる場がそういった変化を起こさせているのだと思
います。

今回ABE研究会でやりたいことは、これをしたから
これが得られるといった効果ではなく、創造的直感
のような状態になること自体を体験することです。
そしてそこから得られるものは人それぞれであるこ
とをちゃんと保証すること、とまるで偶然にように
集まった当日の参加者の方達とその日だけの特別な
縁をつくること、です。そのことで、日常の世界で
は沈黙をしているまだうまく言葉にできないもの、
目には見えないもが存在する境界に恐る恐る近づい
ていくことができるのではないだろうか、と思って
います。その状態を「アート」と仮定してみます。
そうしたら、目に見えるものだけを信じてしくみを
つくった今の社会におけるアート(行為的直感力)
の役割が見えてこないかな、そうなればいいな、そ
んな仮説もしています。この日も自分のすぐ近くの
身の回りに起こっていることや一見なんの関係もな
い社会の出来事を身体や声を通して行います。そし
てそこから出てきたものをみなさんとそれぞれ持ち
寄って眺める場を作ります。

表現教育の中でLearning by doing とLearning by 
being の学びの違いについて学んだことを最近よく
思い出します。直訳すると前者は(なにをしたか)
することによる学びと後者は(そうである)存在す
ることによる学びと言えるでしょうか。場において
doingでは何をするか、したかという言語化ができ
るのですが、beingは何を指すのか私にはいまだに
よくわかっていないところがあります。ただ、今思
うのはファシリテーターとして前に立つ私の存在が
どう在ったか、が与える影響は場において無視でき
ません。自分が意識しない分、より多くのものを参
加者は受け取るのだと思います。感性や直観力を育
てるとはこのdoingとbeingの積み重なりではない
でしょうか。研究会のふりかえりではそんなことも
話題にできればと思っています。

第3回:2018年11月13日(火)
時 間:10時30分〜18時00分
   (受付:10時15分〜)
【テーマ】
『 企業の課題にアートでこたえる 』
講師/表現教育家 岩橋由莉
【会 場】
国立オリンピック記念青少年総合センター
(お申込み頂いた方に詳細をお伝えします)
【持ち物】筆記用具
お問い合わせ&申込先
info@playbacktheatre-lab.com

JUGEMテーマ:アート・デザイン


第9回 熊取朗読グループらうらう 発表会 

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

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らうらうは不思議なグループです
舞台発表など派手なことをしないのに年々人が増えています

何度教えても忘れます
でも何度も何度もやります

やりたいかどうかだけを確認して
ひと月に2回の稽古を1年間重ねて来ました

年々できることは少なくなりますが
わたしもあきらめずに演出します

当初は重要文化財である中家をお借りして行う予定でしたが
台風のために使用できなくなり
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急遽煉瓦館コミュニティ支援室1をお借りすることとなりました

せいいっぱい全身を使ってがんばって何かを伝えようとする姿を
どうぞ見てください!




第9回 熊取朗読グループらうらう 発表会

かためじぞう              さねとう あきら 作
あくびばかり していた おひめさま   カルメン・ヒル  作

入場無料

14時〜
@熊取交流センター煉瓦館 コミュニティ支援室1

フレル朗読劇朗読劇❌呼吸する朗読

9月8日の夜、新大阪にて宮澤賢治の朗読会をします
もともと企画発案のこいちゃんが、京都で宮澤賢治の朗読会をやりたいと言ってくれて
そこから始まりました
西成でやっていたフレル朗読劇のメンバーもやればおもしろい!と思いついて
一緒に発表することになりました
京都で2週間に一度行われる「呼吸する朗読」チームと
大阪西成でひと月に一度行われる「フレル朗読劇」チーム
同じ宮澤賢治を読んでいても全く違う世界が展開されて行きます
どうぞその目で確かめに来てください

よかったらもう二度とないこの初舞台、観に来てやってください
すごいものが観れると思います

それは一人一人が毎日いろんなことに悩みながら
生きぬいている声です

その声に必ず出逢います
保証します

この両チームは誰も裏切りません
生きている声を出します

岩橋
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

出 演:フレル朗読劇×呼吸する朗読
日 時:9月8日(土) 
    18時半 開場  
    19時  開始
    20時半 終了予定
会 場:西町甲東会館(大ホール)
    大阪市淀川区西中島7-10-14
参加費:無料
定 員:20名

西町甲東会館(新大阪)へのご案内
住所:大阪市淀川区西中島7丁目10-14
電話:06-6395-0483


 宮沢賢治は実に不思議な作家です。黙読をすると全く言葉が入ってこないのに、声に出して読むと、言葉に生命が宿り情景が動き出します。独特のリズムと言語感覚を持った天才。稽古を通して、そんな宮沢賢治の感性に触れ、賢治が思い描いた、豊かなイーハトーブの世界に出会ってきました。今回は、表現教育家の岩橋由利さんのご提案で、大阪で活動する「フレル朗読劇」の皆さんと一緒に宮沢賢治の作品を読む朗読会を開くことになりました。「フレル朗読劇」と「呼吸する朗読」は地域も年齢も雰囲気もまったく違います。その違いによって、面白い空間ができるのではないかと思います。
                  呼吸する朗読 小石原智宏



「朗読劇をやり始めて初めくらいの頃、宮沢賢治の文章は極力避けていました。
意味がわからないし、自分の感情をどう表現していいかもわからなかったからです。
それでも読んでいくとある恍惚な時間が訪れることがあり、いったいこれはなんなのだろうかと不思議に思っていました。

昨年こいちゃんとの1泊2日の朗読企画で作品候補に宮沢賢治の「やまなし」が入っていました。選ぶつもりが全然なかったのに、WS当日の朝なぜかやまなしをコピーして最後の発表作品に選んでいました。

そして今年、こいちゃんから正式に宮沢賢治の朗読劇の発表会をやってみたい!
と提案がありました。
その時初めて私は図書館で宮沢賢治の全集を借りて読み始めました。

「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです。ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。(中略)なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。」

注文の多い料理店の童話の序に書かれているこの文章を読んだ時に、いっぺんにやられてしまいました。
そうか、書いている作者もわからないで書いてるんだ!
ならばこれは身体を通して音にして、そこから自分の中に何かが沸き起こったり、
声として外に出た時に何かと融合していくのを待てばいいだけなのだ。と腹が決まりました。

訳がわからないことを訳がわかるように稽古するのではなく、訳がわからないことをそのまま扱えるような耐性を持つ、そのことによってひとりひとりの存在が浮き彫りになっていくことを目指しました。

だからこれは、言い訳です。
訳がわからないことをそのままにやってみますよ。
だってあの宮澤賢治ですらそうだったんですから。
どうぞ、その訳のわからなさを楽しんでもらえると嬉しいです。
そして願わくば、今日来られたみなさまが、「訳がわからないけど、口にちょっと賢治の言葉を含んでもいいかも」と少しでも思ってもらえるとうれしいです。
                               
表現教育家 岩橋由利



【会場へのアクセス】
JR新大阪駅からは1階正面口を出て徒歩6分です。
地下鉄御堂筋線新大阪駅からは7番出口/南改札口から徒歩4分です。

【道順案内】以降は´△箸發貌韻呼蚕腓任后

JR新大阪駅からは、新幹線なら南改札、JR在来線なら東改札口から、新大阪駅の1階へ降りて駅の正面口を出て右へ歩く。
JR高架をくぐり、その後、右折。地下鉄御堂筋線の高架をくぐる。
地下鉄の高架をくぐる途中に地下鉄の南改札口がある。南改札口を右手に見ながら直進するとファミリーマート西中島7丁目店がある。
ファミリーマートを右手に見て歩き、最初の角を右折。そのまま歩くと、道の左側に西町甲東会館がある。


声についてのコメントをすること

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

昨日の「呼吸する朗読」
どんどん味わい深くなってます!

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声をどう聴いているかについて話した時
参加者の男性のひとりから
ぼくにもコメントください
と言われた

そういえば、他の場所でも男性の参加者から
ぼくにも言ってください
とよく言われる
それで気がついた

女性の参加者の方には思ったことをぽんと言える気がするし
確かに言ってる
でも男性にはあまり言わない
言ってください
と言ってもらってはじめて感覚を言葉にする
だから少々フレッシュすぎて申し訳ない

でも、そこではじめて
ああ、男性にも言えるのか
言えないと思い込んでるだけかとわかる

多分これ私の偏見だ

言ってもな〜、変わらないでしょ?
と思うのだ
女性も確かに変わらない
基本人は変わらない

でも、こっちからこう感じたよ
という何かを理屈抜きで渡しておくと向こうのタイミングで
いつか熟成していく様がおもしろい

男性はというと、単に渡しただけでは何も起きない
それ渡すのに少々理屈が必要なのだ
納得する理屈があるとようやく山が少し動く
ただよしんば相手が納得しても
私がそのことに納得できない時がある

もちろんそれが必要ない男性もいるし
理屈が必要な女性もいるし
理屈を言いたくないのか、と言われたらそうでもない

これは単にそういったことが多いか、少ないか
の問題だとも思う

子どもはまた違う
学生においては男女が逆だったりもする

ぼくにもコメントください
と言ってもらわないとこんなことは起きなかったので
何が言いたいかというと
これからもそう思ったら言ってください
という公開のお願いでした

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

今後の「呼吸する朗読」は

ぃ祁遏。憩(土)午後 京都市内
ィ祁遑横夏(日)午後 京都市内
Γ厳遏。菊(日)午後 京都市内
В厳遑横尭(日)午後 京都市内
┌昂遏。夏(日)午後 京都市内
<成果発表>
9月8日(土)夕方以降
稽古は京都市内で行います

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