朗読劇を初体験した方の感想です(かぜちゃん)

1月、朗読劇に初めて参加されたかぜちゃんの
1回目の感想と最後の3回目の感想をフェイスブックに載せてくれていました
ひと月に1度、3時間×3回でどんな風に思われたのか
少し長いのですが、許可をいただいて引用させていただきます

初回
「ふれる朗読劇のワークショップに参加。

 どんなものかを知りたいとか参加したいとか、そんな感じではなく、流れにそってそれに乗った感じで参加することになった。
 参加すると決まった時から始まっているのだなと思う。
そもそも何気なくなったのにも関わらず、始まる時間までに出かけて、自宅を出かけるとお昼が微妙な時間でお腹がすいては戦が出来ぬならぬ集中できぬと昼を準備し、家を出るとすごく寒くて、うっかりすると風邪をひいてしまうところ、気合いを入れて歩き出した。
なんだ、これは、ヤル気あるやんと思いつつ、そうなのか?でも、そうかもと向かう。

 始まる。
 寒かったのだ。寒いと寒いことに奪われて、その前のやる気は一気に吹っ飛んでしまった。

 朗読(劇)とは、たしか、朗読とだった気がする。
「言葉で、そこに情景が浮かぶように表現するもの」と聞く。
むむっ。文字ずらからそうだと思うが、そのことを耳から聞くと、ん〜と唸る。
できるか?できるのか?

 配布された題材のどこを読んでも構わないから、一人ずつやる。
できるか? どこなら出来る?どうやったら、出来る?
ぐるぐる、急展開で動き回る。
情景が浮かぶように、自分が表現できるのはどこだ???

やると、終わっていないと云う。
むむっ、終わっていないとな、私は読み終えたが・・
終わり切るように。
そうか、切るのか。と動作を入れて、終わってみたら、自分ではびっくりするほど大きな声。なんだ、これ。
私が思う表現ではないではないか。

そもそも、私の表現ではだめで、私の表現しか出来なくて、どうすりゃ、ええねん。
再び、ぐるぐる、急展開で回転して動く。

何度か、やり直す。あ、私の表現しかできないけど、
終われた。と返事をもらって
やれやれ。

なんや、これ。
バン、バン、バンと進むから、すごい揺れるし、動きまわった。

面白かったと感想を聞いても、分からん。
疲れたわ〜〜
みんなは、疲れへんのかな〜

家で即寝してしまった。
脳が急停止やな。復帰してから、なんやこの表現、も。てごわいぞ〜〜とつぶやく。
あと、2回で、なんか分かるんやろうか。

ふれる朗読劇。
自分には、ばっちりふれてますが。

「最終回」
先日土曜日(3/4)朗読劇の発表会でした。
「触れる朗読劇」
 朗読劇を体験したのが初めてで、しかもお客さんが見ている前で朗読劇を見せるというのも初めてで、初めてだらけの朗読劇。
 声にはカラダの中からの感情やなにやらが、一緒に出てきてしまう。
そのことを知らず内に日常でやってることを、時々耳にしたり、
口にしたりするけれど、いざ、声を出すことに、何をも隠せない感じを受ける衝撃。
そして、発表用にやり方を変えただけで、気持ちの変化が起こり、
それが声として出てしまっていることを聞く自分。
 私にとってのいい時間やったと思う。
一緒にやって時間を共有した、来てくれた、私に触れてきた人、ありがとう

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
初回は、書いているかぜちゃんの気持ちの揺れがそのままストレートに響いてきて
最終回は、また違う気持ちになったのだなという波を文章から感じます

もちろん、やっている時、3回とも声ももよみも違っていました

かぜちゃんには、かぜちゃんのリズムがあります
そのリズムは他の人には真似できない、かぜちゃんだけの間合いです

かぜちゃんが読むと
かぜちゃんの風があたりいちめんに吹くのだ〜
ありがとう!かぜちゃん!

JUGEMテーマ:コミュニケーション

JUGEMテーマ:つぶやき。

https://www.facebook.com/events/1876698905907076/


きくみるはなす逢坂中之島縁坐舞台 最後の公演

第30回 きくみるはなす逢坂中之島縁坐舞台

中之島で行う最後の公演です

縁坐舞台とはなんだろうか?と時々思うことがあります...
わたしは縁坐舞台でなにをやっているのだろうか?

最近脳科学者の前野隆司さんの本を読みました
われわれが何らかのアクションを起こす時
これをしようと意識してから筋肉を動かしていると思われがちだけれども
じつは、その0.3秒前から筋肉が動き始めていて、その後で
こうしようと意識するのだそうです
思う前にそれに向かって身体が動き始めているのだそうです

不思議ですが縁坐舞台で人形(ひとがた)をしている時
そんな気持ちになることがあります

こうしよう、ああしようということができない舞台
わかることで動けない世界
そんな舞台だなと個人的に思っています

中之島は前に川が流れていてとてもきれいな場所でした
舞台中、帰り道、
目の前を水が流れていくことに救われたことが何度もありました

もうここでできなくなるのはさみしいけれど
場所も人も事柄も変わらないことはなにもないんだなと思います


4月22日(金)18時半開演
http://enzabutai.com/information.html#/detail/1846816175650262659

JUGEMテーマ:演劇・舞台


釜展 IN 中之島 「私たちの円空展」

西成の釜ヶ崎の片隅で活動している楽描きの会が、中之島で展覧会を行います

釜展 IN 中之島 「私たちの円空展」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0418719.php

4月18.19日 14時〜16時

円空にちなんだ、木彫りの仏像や絵画、書などが並ぶ予定です
私も木彫りの仏像を2展、出展します!

そして18日は影舞を行います
影舞とは・・・なかなか一言では説明できないのですが
状態としては二人の人間が向き合って身体の一部分(ほとんどが手)だけをつけて
居ることから起こってくる二人の間の動きです

そのきっかけとなるのが
その場に集まった方たち自身や、その方たちの語られた言葉です
あるいは歌かもしれません

しかし、きっかけとなるだけであって
自分がこう表現したいというような自分を出す踊りではなく
むしろ、こんなふうに動くつもりじゃなかったのに
というような感覚がやってきます

それは、相手と一部分がくっついているから

相手に合わせるでもなく、自分が動くでもなく
相手と自分の間に動かされているような感じになっていきます

また、語ってくださった方たちの存在にも動かされているのかもしれません

そんな、影舞を来てくださったみなさんとぜひ体験したいと思っています!

よければ、ご参加くださいませ!

サ行浜坐次回のお知らせ



サ行浜坐、無事に第一回目終了しました。
あっという間に過ぎた3時間でしたが、
静かな静かな時間でした

その日のご縁で集まった方と円になって座る
ただそれだけの時間ですが、いろいろなことが浮き上がっては沈んでいきます

次回は
11月15日(土)19時〜22時
12月20日(土)19時〜22時
いずれも¥2000(1ドリンクつきます)

*13時〜17時までタロットリーディング行います





大阪大空襲の記憶を語り継ぐ 傾聴継承縁坐舞台に出て

「資料で読む戦争と肉声で刻まれた戦争」


7月5日、大阪で「大阪大空襲の記憶を語り継ぐ
大阪大空襲傾聴継承縁坐舞台」に出演してまいりました。
これは第二次世界大戦中の大阪大空襲を体験された方にお話を伺い、
そのお話を基に役者(ヒトガタ)たちがその場で舞台に映しだしていくという即興舞台です。
私はヒトガタとして参加しました。
午後からの舞台に先立ち、この会の主宰者である森洋介さんの案内で
戦争と平和の資料館ピースおおさかに赴き、
50回以上に及ぶ大阪大空襲の様々な映像や写真、焼けただれた生活品の展示物を見学し、
その後大阪城に点在する司令部の場所や戦争碑などを訪ね歩きました。

そして午後、体験者であるIさんがいらっしゃいました。
Iさんは体調を崩され、先日退院したばかりの体をおして
「私が体験したことしかお話しできませんが、精一杯お話ししてまいります」
と、ご自身やIさんのご家族に起こった出来事を話されました。
その途中でお話の一部は、資料館で読んだものの一つであることに気づきました。
それはIさんとIさんのお父さんが焼夷弾で顔や体に大やけどを負いながらも、
ご家族を探され看病なさったお話でした。
お母さんはその時に、弟さんは数日後に亡くなられたそうです。
目の前のIさんはしっかりとした口調で丁寧にお話をされますが、
口から出る言葉の数々は、子どもだった頃のIさんが見た凄惨な光景です。
同じお話しなのに、文字で読んだ時と、体験された方から肉声で直接伺う時とでは
私の体験は全く違うものでした。
戦争を知らない私にとって戦争体験を伺ってすぐに舞台に映すことは、とても怖い事でした。
けれども、
「自分から出ていくことはいたしませんが、お申し出があれば、お話に伺います。
戦争を体験した私にはそれを自ら語る使命を負わされているのです。
とても重いことですが。」
とお顔にうっすらと残るケロイドの痕と共に、
70年近くの時を生きてこられたIさんの凛としたお姿やお声が私の心にはっきりと刻まれ、
そのことが私の身体を動かしていました。
その舞台は私であって私を超えた所にもある、不思議な時間でした。
舞台を観てくださった後も、数々の貴重なお話と質疑応答があり、
のべ3時間以上も話し続けられたIさんに、参加者全員が感謝を述べ、濃密な時間は終わりました。

ところが、帰られたはずのIさんがしばらくして引き返してこられました。
和歌山市出身の私に話があるというのです。
「和歌山も空襲がありましたよね。
私は焼ける前の和歌山城をよく知っています。
お城も城下町も特別に本当にきれいだったんですよ。
私は大好きな場所でした。
私は今でもその当時の和歌山を思い出すことができますよ」
と私の手をしっかりと握って話してくださいました。
そのことをわざわざ初対面の私に伝えるために杖をつきながら戻って来てくださったのです。
Iさんの「自ら負わされている使命」とはこういったお姿なのだと痛感しながらも、
私はただただお礼を述べて手を握り返すことしかできませんでした。



 

絵本のよみきかせツアー



和歌山県人権啓発センターの絵本よみきかせツアー
今年は15か所に行きます。
第一回目は串本の保育園
2回目は白浜町の日置小学校
そして3回目は市内の幼稚園でした

年長クラス41名
とても素直でダイレクトな反応でした

 今日はMAYAMAXさんの「トンちゃんてそういうネコ」を読んだ直後に、
もう一度読んでほしいと多くのリクエストが子どもたちから来ました

絵本を読んでいてうれしいのはこういう時!
もう一度読んで!
前のページもう一度見せて!
もちろん、喜んでもう一度読みました
一度読んだだけなのに覚えていて一緒に声を出しながら読む場面もありました

「トンちゃんてそういうネコ」は黒一色のみで描かれた絵本です
足が三本しかないトンちゃん
その理由は最後までわかりません
トンちゃんのできないこと、できることをたんたんと述べている本ですが、
絵に力があるので子どもたちは自然に色や事情を想像しながら引き込まれていきます

最後のページでとんちゃんは白い猫と寄り添うようにして眠っていました

 全ての絵本のよみきかせが終わってからも、トンちゃんの最後のページについてあれこれみんなが考えて、もう一度最後のページを見せてほしい!と言われました

これはライブでしているよみきかせならではのやりとりです!
DVDではできません

あの白い猫は、絵本の中で出てきた逃げちゃったトンちゃんのおともだちじゃないか?
また帰ってきたのかな?
だれなんだろう?
最後のページを見ながらみんなで考えました

答えはだれにもわかりません
こういったことを楽しめる子どもたちの力って本当にすごいです!

子どもたちとの活動では
親切すぎない
説明しすぎない
ことに気を付けています

彼らにその力が備わっているからです

2013年春分の日

春分の今日はドラマセラピーの勉強会でした。

普段自分が即興で行っている活動を改めて見直す良い機会です


他者になる面白さを味わっています
スタニスラフスキー的な切り口で他者になる
ブレヒト的な切り口で他者になる
そんなふうに分けて考えてことがなかったなあ〜
他者になることで無意識に投影しているもの、うふふ・・・
なんだろうね〜

今月末にあるワークの実験のアイデアがいろいろと浮かびます!
物語を通して他者になることの実験
身体を通して他者になることの実験
いろいろとやってみますね
あ、もちろん、他者にならずにやるバージョンと比較もします!

なるわたし・ならないわたし

純聞学

小山直人さんという方とふとしたことで知り合い
私がWEB上で何気なく小山さんに発した言葉から
「その言葉についてインタビューをしたい」と申し込みを受けました

断る理由も特になく、1時間、私の思うところの話をさせてもらいました
そして、このたび、「純聞学」という形で逐語録として起こしてくれました

非常に面白いです

私は、4分の3ほど話した私の言葉の内容より
そのあとの小山さんとのやりとりから生まれてきたものが面白くてたまりません

きっと小山さんは小山さんで何かを感じてこのインタビューを発表なさったんだろうし
そこらへんの違いをちょっと聞いてみたいですね

よかったらご覧ください

わかりにくいことも多々あるとは思いますが
英語を読んでるような感じで荒く読んでいくのもひとつかと。

私以外の方のインタビューもめちゃくちゃ面白いです!!

純聞学
http://www.koyamanaoto.com/junbungaku/top.html


 

立命館大のワークショップ無事に終了!!

ドラマを通して教育をみる」無事に終了しました。

いやはや、中身の濃い濃い二日間でした。
何が楽しいって、講師であるすうさんとはねちゃんのワークを同時に受けられ、両講師にも私のワークを受けてもらえたこと!
さらに、受けてから思うところや疑問をどんどんぶつけたりぶつけられたりするところ。
自分のワークが人前にさらされてあーでもないこーでもないと話してもらうことも。

楽しかったな〜
ドラマやっててよかったな〜

こんなことが経験できたのも
今回のことをオーガナイズされた「ふうみん」こと立命館大、武田富美子先生のおかげです!!
ありがとうございました!!

そして、ワークで起こっていたことや教育の現場とドラマの結びつきをわかりやすい言葉で語ってくださるたかさんこと渡辺貴裕先生。

それからワークの中身だけに専念できたのも、キューピーこと藤原由香里さんやわっさんこと松山わっさん、写真家に徹したもりかず、スタッフでがんばってくださった大学さんのはたらきのおかげです。

なにより、来てくださる方が居なければ、なりたたないこと。

ほんとうにありがとうございました!!

今になって周辺の方たちから申し込もうと思ったけど定員がいっぱいになってたよ
と数名の方に言われました。
まさか、そんなに申し込んでくださるとは思わず、お早目にね、とも言わなかったの。
ごめんね。

またこういう試みやりたいです!
是非に!!

写真はスタッフはじめ、ふうみん、すうさん、はねちゃんです!
私の記念の写真になりました。

西成で踊る・つながる

 
 佐久間新さんのファシリテートで西成で暮らすおっちゃんたちと西成の街中で踊った。
最初は道で、途中からセンターと呼ばれる広場でいろんなおっちゃんが居る中で、部屋の中で。
センターと呼ばれるところはその日の職を見つけに来る場、なかなかディープな場所。
その中に元は噴水だったであろう場があり、そこで踊る。
踊るというよりも場を感じながら居続けたという感じ。

 先週末ゲシュタルトとフォーカシングのワークショップを二日間受けた。
そこで経験したひりひりしてる、けど、どこにも出せなかったものが、佐久間さんのファシリで、す
るすると出ることができて本当にちょっと助かった。風穴があいた感じ。

部屋の明るい、暗い、外の音、風の吹いてきた方向に注意や身体を向けていくことで
自然に表現になっていく
おっちゃんたちもやっているだけなのに、すごくきれい・・・。
踊りになっている

後で佐久間さんともシェアしたが、時々身体だけに注意を向けると、しんどくなったり追い詰められたりする、何かに託して身体を動かすことですごく楽に外に出すことができるのだ。

踊っているおじさんたちや、周りで見ているおじさんたちはいろんな人がいる。
大きな声で怒鳴ってる人、酔っぱらってる人、路上で寝ている人、たばこを吸っている人、いろんな匂いがしていろんな音がしてその中で踊り続ける佐久間さん、存在してる私。

面白かったのは、路上で声を出してみましょうか、というもの。
しかも、あんまりほかの人からはわからないように(怒られたりするから)、でも時々大きな声を出してみたり・・。そうして街をゆっくり歩き始める。
そうやって10数人がぞろぞろ歩くのはちょっと壮観。

小さな声は自分の身体を震わせて、時々ほかのおっちゃんたちの声に混ざったり混ざらなかったりして。
みっともないことが怖くなくなって、安心して変な声が出せて、
私はそのことでも少し楽になった。

佐久間さんは2月からひと月に一度「体を動かす」というワークをされていて、今日が最終日。
来月からは「出会いを楽しむ」という私のワークが始まる。
私も3回したらうえだかなよさんにバトンタッチ。
というプロジェクト「まちでつながる」
http://www.kama-media.org/japanese/engawa/

おっちゃんたちは何度も「エイヤ!」「ドッコイショ!」と声をかけながら力強くこぶしを振り上げていた。
私にはできないワークだなあ。
そのなかで同じようにこぶしを振り上げたって何かが違う
いや、みんなもそれぞれに何に向けてこぶしを振り上げているのか
わからない
でも、手をたたきながら、声を出しながら、笑い合っていた

| 1/3PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

mobile

qrcode