人づきあいってムズカシイ?! 人権を考える体験型講座、終了しました

今日は和歌山県人権啓発センターで「人権を考える公開講座」をさせていただきました

題して「人づきあいってムズカシイ?! 〜「わたし」と「あなた」の違いにふれる、体験型講座〜 」

2時間という限られた時間の中、34名の参加者のみなさんと共に活動しました

 

今の仕事のやるようになった経緯、表現教育の基本的な考え方を少しお話しさせていただいたあと
お互いのことを少しだけ知り合うワークを絵本の読み聞かせやソシオメトリーなどを使って行いました
休憩後は「きつね」というお話をみんなでアプライドドラマとして体験していきました
このお話は、とり、いぬ、そしてそこにわりこむようにしてやってきたきつねの引き起こす物語です
自分ならどうするか、実際にその場面をやってもらったりしながら体験していきます
自分の体験を重ね合わせて涙する方がいたり、深く考え込んでしまう方がいたり
時間がなくて、なかなか全員に発表していただく機会がとれなかったのですが
みなさんそれぞれにたくさん心が動いたのだろうな、と思う場面がたくさんありました
ご参加くださった皆さん、ありがとうございました!
またどこかでお会いできたら、と願っています!

JUGEMテーマ:コミュニケーション


18’応用ドラマ教育論履修者の最終レポートより

2018年度に応用ドラマ教育論を選択した学生が15回の授業を受けたのち最終レポートを出してくれました

 

応用ドラマの可能性について

「教育」という言葉を自分なりに再定義して論じてください

 

という課題に対して出されたレポートは本当にそれぞれで

教育についての定義も
応用ドラマの可能性も
どれ一つ取っても同じものはありませんでした
その中の数人のほんの一部を許可をもらって抜粋させてもらいました
ありがとう!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「今回「ドラマ教育」を学んで、今まで所謂「主体的・対話的で深い学び」と呼ばれ、

教わってきたものは、文字通り「対話」で終止していることに気づかされた。

「対話」以上の活動を行うことによって、授業者(教師)は生徒により実感をもって

授業内容を理解させることができると考える。

今後は、実際の授業としての形にならずとも「ドラマ教育」を取り入れた授業形態を考えていけたら、

学校授業の可能性が広がるのではないかと思う」Hさん

 

 

「私の考える応用ドラマ教育の一番の可能性は、

それまでほとんどといっていいほど無視されてきた、感情や感覚を重要視する点である。

これまで、内面、心情に関して学校教育では「特別の教科道徳」で取り扱われてきた 。

道徳では読み物が提示され、著者や登場人物の心情について問われるというスタンスが一般的である。

しかし、「どう思うか」あるいは「あなたならどうするか」という問いかけはあっても、

それは頭の中で想像することをお互いに共有しあうに過ぎなかった。

また、身近な事例が取り上げられる訳でもなく、見ず知らずの登場人物や作者の心情を

ただ読むという作業だけを通して考えさせられるのである。

文章から心情を読み取ろうとするのであれば国語の時間に行えば十分な作業である。

その点ドラマを取り入れて授業を行えば、見ず知らずの登場人物になりきることができるし、

身近な事例を再現することによって、より鮮明な感覚を得ることができるのである。

心情や感性、価値観などでの学びが求められる場面こそ、

それを敏感に感じることができるドラマの導入が非常に有効であると考えられる。

また、言語活動の重要性が叫ばれる昨今 、英語の授業における会話の練習などでも、

ドラマ形式の授業は有効である。なぜなら、言語は実際に使用する場面を想定して、

ノンバーバールな要素を含めた上で練習をしたほうがより良い定着が見込まれるからである。

このように、応用ドラマ教育は視覚聴覚などあらゆる感覚器官をフル活用し、

さらに身振りや表情、話のトーンなどあらゆる情報を媒介にして生徒の学びを深めようとしている点で

非常に重要な試みである。」Yさん

 

 

「他の授業と大きく異なることは、授業を終えてから気付くことや学ぶことがとても多かったということである。

レポートの課題をやっている時は特に授業を振り返る機会だったが、

授業の後に残るモヤモヤ感というものがとても印象的であった。

これは、授業の主体が教師ではなく、生徒の側であるということが理由なのではないかと考える。

主体的だからこそ、よく考えるし、モヤモヤも残るのだと思う。

従属的な場合にも、モヤモヤというものが残るかもしれない。

このモヤモヤというものは、自分で考えていないため、「ただわからないだけ」という状態のように感じる。

しかし、主体的な場合のモヤモヤには、従属的な場合とは一段階レベルの違う「わからない」があるのだと思う。

「ただわからないだけ」なのではなく、主体的であるためにわかろうという前向きな姿勢が感じられるのだ。

このモヤモヤ感をすごく大事にできた授業が応用ドラマであった。とても新鮮だった。

この新鮮さというものも、応用ドラマの可能性なのではないのだろうか。」Tさん

 

 

「しかし、道徳科や各教科における思考力や表現力を問う時、

教員に求められるのは児童生徒の表現を引き出すためのファシリテートを行う能力である。

応用ドラマの可能性とも重なるが、本授業で重要になったアウトプットする、

表現することと、それを受けてファシリテーターがどう反応するか、応答するかという部分は、

教員のファシリテートする部分と重なる。

なぜなら私たちは多くの場面で、他者と影響し合いながらアウトプットしているためである。

これは、学校教育現場にとどまらず、“場を司る”必要に迫られる場面は多々あるのではないかと考えられる。

教壇に立つのはもちろんのことプレゼンテーションや商談、プライベートな場面においても、

子育てや家族との大切な会議の時といった場面では、自分に対して注目してもらうこと、

わかりやすく見通しを伝えること、なにが狙いなのかを明確にすること、

あるいは言葉にしなくとも「隠れたカリキュラム」のように、意図を

アクションや声の大きさなどで意思表示することが

“場を司る”ことは必要になる場面では重要になってくるのではないだろうか。

声の掛け方やアクションの大きさ、声の大きさやまた、自分がどういった背格好で、

表情で、あるいは相手とどのような位置関係にいるかということに意識的になることで、

状況をより客観的に見ることにつながるとも考えられる。

応用ドラマの可能性は、相手とより心地よく過ごすためのヒントが多く隠されていたように感じる。

もちろんテクニックの部分や、経験として得た実感や多くの反省点は、

教員を目指すにあたって貴重な経験となった。

しかし、それ以上に、今、自分と、他者との関係性を円滑に保っていくため、

ひいては誰もが生きやすい社会を作っていくための、小さな鍵のように感じられたのである。」Aさん

 

 

「教育には、学ぶというワードが重要になってくると考える。

教えられるというのは、知識を与えてもらうという感覚であるが、

学ぶというのは、自ら体験して実践できるようになるというようなことではないかという違いがあると考える。

そのことを踏まえて、教育とは、一方的に教えられることで知識を蓄えていくことではなく、

体験し、感じることで何かに活かすことができるようになることを指していると考える。

私自身も応用ドラマ論を受講して初めて、このように様々なことを感じられることから、

学んでいると実感できたため、このような授業が今までにも必要だったと感じた。

大学ではなく、もう少し早くからやっておきたい授業だと思った。」Mさん

 

 

「ドラマ教育を受けて私は他人の価値観の多様性を知るとともに自らの価値観を再発見できた。

これは価値観を押し付けられる従来の教育ではなく、

自らの価値観を発信することを求めるドラマ教育であるがゆえに獲得できた産物である。

また、ドラマ論に触れることで私の教育観は「教える、教えられる」立場から、

生徒が主体的に学ぶことを優先に教師はその学びを手助けする「学び、支える」立場へと変化していった。

このようにドラマ教育は、新たな自分を発見することにもつながる。

そこで私はドラマ教育の可能性として、キャリア教育としてのドラマ教育を推奨する。

キャリア教育とは、一般的に「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、

それぞれにふさわしいキャリア形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」と考えられており、

「生きる力」の育成を基本方針として行っている。

この「生きる力」の育成にドラマ教育を用いることが出来るのではないか。

「生きる力」とは人によって様々な考えがあると思うが、

私が考える「生きる力」とは、自分の人生を自分で決めていく力である。

その力を獲得するためには、自分がどのような人間なのかを知る必要があり、

自分自身に向き合わなければならない。

そして自らを知ったうえで自らの最善であると考える道を選択することが「生きる力」ではないか。

今まで行ってきた職場体験学習などのキャリア教育ではなく、

自らを知り、自らと向き合う一環としてドラマ教育を用いるべきであると主張を行い本論の結びとする。」Kさん

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

教育関係者からしたら当たり前のことが書かれているかもしれませんが
彼らの言葉の中から発見や驚きがキラキラしてみえて
私は読んでいて本当に楽しかったです!

 


朗読劇を初体験した方の感想です(かぜちゃん)

1月、朗読劇に初めて参加されたかぜちゃんの
1回目の感想と最後の3回目の感想をフェイスブックに載せてくれていました
ひと月に1度、3時間×3回でどんな風に思われたのか
少し長いのですが、許可をいただいて引用させていただきます

初回
「ふれる朗読劇のワークショップに参加。

 どんなものかを知りたいとか参加したいとか、そんな感じではなく、流れにそってそれに乗った感じで参加することになった。
 参加すると決まった時から始まっているのだなと思う。
そもそも何気なくなったのにも関わらず、始まる時間までに出かけて、自宅を出かけるとお昼が微妙な時間でお腹がすいては戦が出来ぬならぬ集中できぬと昼を準備し、家を出るとすごく寒くて、うっかりすると風邪をひいてしまうところ、気合いを入れて歩き出した。
なんだ、これは、ヤル気あるやんと思いつつ、そうなのか?でも、そうかもと向かう。

 始まる。
 寒かったのだ。寒いと寒いことに奪われて、その前のやる気は一気に吹っ飛んでしまった。

 朗読(劇)とは、たしか、朗読とだった気がする。
「言葉で、そこに情景が浮かぶように表現するもの」と聞く。
むむっ。文字ずらからそうだと思うが、そのことを耳から聞くと、ん〜と唸る。
できるか?できるのか?

 配布された題材のどこを読んでも構わないから、一人ずつやる。
できるか? どこなら出来る?どうやったら、出来る?
ぐるぐる、急展開で動き回る。
情景が浮かぶように、自分が表現できるのはどこだ???

やると、終わっていないと云う。
むむっ、終わっていないとな、私は読み終えたが・・
終わり切るように。
そうか、切るのか。と動作を入れて、終わってみたら、自分ではびっくりするほど大きな声。なんだ、これ。
私が思う表現ではないではないか。

そもそも、私の表現ではだめで、私の表現しか出来なくて、どうすりゃ、ええねん。
再び、ぐるぐる、急展開で回転して動く。

何度か、やり直す。あ、私の表現しかできないけど、
終われた。と返事をもらって
やれやれ。

なんや、これ。
バン、バン、バンと進むから、すごい揺れるし、動きまわった。

面白かったと感想を聞いても、分からん。
疲れたわ〜〜
みんなは、疲れへんのかな〜

家で即寝してしまった。
脳が急停止やな。復帰してから、なんやこの表現、も。てごわいぞ〜〜とつぶやく。
あと、2回で、なんか分かるんやろうか。

ふれる朗読劇。
自分には、ばっちりふれてますが。

「最終回」
先日土曜日(3/4)朗読劇の発表会でした。
「触れる朗読劇」
 朗読劇を体験したのが初めてで、しかもお客さんが見ている前で朗読劇を見せるというのも初めてで、初めてだらけの朗読劇。
 声にはカラダの中からの感情やなにやらが、一緒に出てきてしまう。
そのことを知らず内に日常でやってることを、時々耳にしたり、
口にしたりするけれど、いざ、声を出すことに、何をも隠せない感じを受ける衝撃。
そして、発表用にやり方を変えただけで、気持ちの変化が起こり、
それが声として出てしまっていることを聞く自分。
 私にとってのいい時間やったと思う。
一緒にやって時間を共有した、来てくれた、私に触れてきた人、ありがとう

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
初回は、書いているかぜちゃんの気持ちの揺れがそのままストレートに響いてきて
最終回は、また違う気持ちになったのだなという波を文章から感じます

もちろん、やっている時、3回とも声ももよみも違っていました

かぜちゃんには、かぜちゃんのリズムがあります
そのリズムは他の人には真似できない、かぜちゃんだけの間合いです

かぜちゃんが読むと
かぜちゃんの風があたりいちめんに吹くのだ〜
ありがとう!かぜちゃん!

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https://www.facebook.com/events/1876698905907076/


きくみるはなす逢坂中之島縁坐舞台 最後の公演

第30回 きくみるはなす逢坂中之島縁坐舞台

中之島で行う最後の公演です

縁坐舞台とはなんだろうか?と時々思うことがあります...
わたしは縁坐舞台でなにをやっているのだろうか?

最近脳科学者の前野隆司さんの本を読みました
われわれが何らかのアクションを起こす時
これをしようと意識してから筋肉を動かしていると思われがちだけれども
じつは、その0.3秒前から筋肉が動き始めていて、その後で
こうしようと意識するのだそうです
思う前にそれに向かって身体が動き始めているのだそうです

不思議ですが縁坐舞台で人形(ひとがた)をしている時
そんな気持ちになることがあります

こうしよう、ああしようということができない舞台
わかることで動けない世界
そんな舞台だなと個人的に思っています

中之島は前に川が流れていてとてもきれいな場所でした
舞台中、帰り道、
目の前を水が流れていくことに救われたことが何度もありました

もうここでできなくなるのはさみしいけれど
場所も人も事柄も変わらないことはなにもないんだなと思います


4月22日(金)18時半開演
http://enzabutai.com/information.html#/detail/1846816175650262659

JUGEMテーマ:演劇・舞台


釜展 IN 中之島 「私たちの円空展」

西成の釜ヶ崎の片隅で活動している楽描きの会が、中之島で展覧会を行います

釜展 IN 中之島 「私たちの円空展」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0418719.php

4月18.19日 14時〜16時

円空にちなんだ、木彫りの仏像や絵画、書などが並ぶ予定です
私も木彫りの仏像を2展、出展します!

そして18日は影舞を行います
影舞とは・・・なかなか一言では説明できないのですが
状態としては二人の人間が向き合って身体の一部分(ほとんどが手)だけをつけて
居ることから起こってくる二人の間の動きです

そのきっかけとなるのが
その場に集まった方たち自身や、その方たちの語られた言葉です
あるいは歌かもしれません

しかし、きっかけとなるだけであって
自分がこう表現したいというような自分を出す踊りではなく
むしろ、こんなふうに動くつもりじゃなかったのに
というような感覚がやってきます

それは、相手と一部分がくっついているから

相手に合わせるでもなく、自分が動くでもなく
相手と自分の間に動かされているような感じになっていきます

また、語ってくださった方たちの存在にも動かされているのかもしれません

そんな、影舞を来てくださったみなさんとぜひ体験したいと思っています!

よければ、ご参加くださいませ!

サ行浜坐次回のお知らせ



サ行浜坐、無事に第一回目終了しました。
あっという間に過ぎた3時間でしたが、
静かな静かな時間でした

その日のご縁で集まった方と円になって座る
ただそれだけの時間ですが、いろいろなことが浮き上がっては沈んでいきます

次回は
11月15日(土)19時〜22時
12月20日(土)19時〜22時
いずれも¥2000(1ドリンクつきます)

*13時〜17時までタロットリーディング行います





大阪大空襲の記憶を語り継ぐ 傾聴継承縁坐舞台に出て

「資料で読む戦争と肉声で刻まれた戦争」


7月5日、大阪で「大阪大空襲の記憶を語り継ぐ
大阪大空襲傾聴継承縁坐舞台」に出演してまいりました。
これは第二次世界大戦中の大阪大空襲を体験された方にお話を伺い、
そのお話を基に役者(ヒトガタ)たちがその場で舞台に映しだしていくという即興舞台です。
私はヒトガタとして参加しました。
午後からの舞台に先立ち、この会の主宰者である森洋介さんの案内で
戦争と平和の資料館ピースおおさかに赴き、
50回以上に及ぶ大阪大空襲の様々な映像や写真、焼けただれた生活品の展示物を見学し、
その後大阪城に点在する司令部の場所や戦争碑などを訪ね歩きました。

そして午後、体験者であるIさんがいらっしゃいました。
Iさんは体調を崩され、先日退院したばかりの体をおして
「私が体験したことしかお話しできませんが、精一杯お話ししてまいります」
と、ご自身やIさんのご家族に起こった出来事を話されました。
その途中でお話の一部は、資料館で読んだものの一つであることに気づきました。
それはIさんとIさんのお父さんが焼夷弾で顔や体に大やけどを負いながらも、
ご家族を探され看病なさったお話でした。
お母さんはその時に、弟さんは数日後に亡くなられたそうです。
目の前のIさんはしっかりとした口調で丁寧にお話をされますが、
口から出る言葉の数々は、子どもだった頃のIさんが見た凄惨な光景です。
同じお話しなのに、文字で読んだ時と、体験された方から肉声で直接伺う時とでは
私の体験は全く違うものでした。
戦争を知らない私にとって戦争体験を伺ってすぐに舞台に映すことは、とても怖い事でした。
けれども、
「自分から出ていくことはいたしませんが、お申し出があれば、お話に伺います。
戦争を体験した私にはそれを自ら語る使命を負わされているのです。
とても重いことですが。」
とお顔にうっすらと残るケロイドの痕と共に、
70年近くの時を生きてこられたIさんの凛としたお姿やお声が私の心にはっきりと刻まれ、
そのことが私の身体を動かしていました。
その舞台は私であって私を超えた所にもある、不思議な時間でした。
舞台を観てくださった後も、数々の貴重なお話と質疑応答があり、
のべ3時間以上も話し続けられたIさんに、参加者全員が感謝を述べ、濃密な時間は終わりました。

ところが、帰られたはずのIさんがしばらくして引き返してこられました。
和歌山市出身の私に話があるというのです。
「和歌山も空襲がありましたよね。
私は焼ける前の和歌山城をよく知っています。
お城も城下町も特別に本当にきれいだったんですよ。
私は大好きな場所でした。
私は今でもその当時の和歌山を思い出すことができますよ」
と私の手をしっかりと握って話してくださいました。
そのことをわざわざ初対面の私に伝えるために杖をつきながら戻って来てくださったのです。
Iさんの「自ら負わされている使命」とはこういったお姿なのだと痛感しながらも、
私はただただお礼を述べて手を握り返すことしかできませんでした。



 

絵本のよみきかせツアー



和歌山県人権啓発センターの絵本よみきかせツアー
今年は15か所に行きます。
第一回目は串本の保育園
2回目は白浜町の日置小学校
そして3回目は市内の幼稚園でした

年長クラス41名
とても素直でダイレクトな反応でした

 今日はMAYAMAXさんの「トンちゃんてそういうネコ」を読んだ直後に、
もう一度読んでほしいと多くのリクエストが子どもたちから来ました

絵本を読んでいてうれしいのはこういう時!
もう一度読んで!
前のページもう一度見せて!
もちろん、喜んでもう一度読みました
一度読んだだけなのに覚えていて一緒に声を出しながら読む場面もありました

「トンちゃんてそういうネコ」は黒一色のみで描かれた絵本です
足が三本しかないトンちゃん
その理由は最後までわかりません
トンちゃんのできないこと、できることをたんたんと述べている本ですが、
絵に力があるので子どもたちは自然に色や事情を想像しながら引き込まれていきます

最後のページでとんちゃんは白い猫と寄り添うようにして眠っていました

 全ての絵本のよみきかせが終わってからも、トンちゃんの最後のページについてあれこれみんなが考えて、もう一度最後のページを見せてほしい!と言われました

これはライブでしているよみきかせならではのやりとりです!
DVDではできません

あの白い猫は、絵本の中で出てきた逃げちゃったトンちゃんのおともだちじゃないか?
また帰ってきたのかな?
だれなんだろう?
最後のページを見ながらみんなで考えました

答えはだれにもわかりません
こういったことを楽しめる子どもたちの力って本当にすごいです!

子どもたちとの活動では
親切すぎない
説明しすぎない
ことに気を付けています

彼らにその力が備わっているからです

2013年春分の日

春分の今日はドラマセラピーの勉強会でした。

普段自分が即興で行っている活動を改めて見直す良い機会です


他者になる面白さを味わっています
スタニスラフスキー的な切り口で他者になる
ブレヒト的な切り口で他者になる
そんなふうに分けて考えてことがなかったなあ〜
他者になることで無意識に投影しているもの、うふふ・・・
なんだろうね〜

今月末にあるワークの実験のアイデアがいろいろと浮かびます!
物語を通して他者になることの実験
身体を通して他者になることの実験
いろいろとやってみますね
あ、もちろん、他者にならずにやるバージョンと比較もします!

なるわたし・ならないわたし

純聞学

小山直人さんという方とふとしたことで知り合い
私がWEB上で何気なく小山さんに発した言葉から
「その言葉についてインタビューをしたい」と申し込みを受けました

断る理由も特になく、1時間、私の思うところの話をさせてもらいました
そして、このたび、「純聞学」という形で逐語録として起こしてくれました

非常に面白いです

私は、4分の3ほど話した私の言葉の内容より
そのあとの小山さんとのやりとりから生まれてきたものが面白くてたまりません

きっと小山さんは小山さんで何かを感じてこのインタビューを発表なさったんだろうし
そこらへんの違いをちょっと聞いてみたいですね

よかったらご覧ください

わかりにくいことも多々あるとは思いますが
英語を読んでるような感じで荒く読んでいくのもひとつかと。

私以外の方のインタビューもめちゃくちゃ面白いです!!

純聞学
http://www.koyamanaoto.com/junbungaku/top.html


 

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